★★カンタス村田とサンバマシーンズ★★
2008年、カンタス村田(vo)を中心としSamba,Rock,Funk,Jazz,Classicなど様々な音楽的バックグラウンドを持つ一風変わったメンバーが集められる。総勢12名。日本の音楽に新しい息を吹き込むべく、ブラジルというサウンドツールを使ってポピュラーな音楽を展開。カンタス村田の持つ歌心やキャッチーなメロディーとリズムアレンジには定評があり、怒濤のパーカッション部隊と鋭利なブラスセクションとの攻防も見物である。
最近のサンバマさん

2010年夏には新人バンドの登竜門、FUJI ROCK FESTIAL '10「ROOKIE A GO-GO」のオーディションを勝ち抜きステージ最終日の大トリとして出演。3日間で唯一のアンコールを受ける盛り上がりを見せた。
秋には、EMIミュージック・ジャパン設立50周年を記念して行われたオーディション「レボリューション・ロック」にて2500バンドの中から20バンドにノミネートされる。
2011年3月8日(=サンバの日)満を持して1stアルバムをリリース!!それに伴いレコ発ワンマンライブを青山月見ル君想フで開催、キレイなおねーさんに誘われるように満員御礼!!!
LIVE! LIVE!! LIVE!!!
'11/5月 ワンマン
ファンキー&ダイナマイトなライブの敷居は低く、誰もが手軽にダンサブルな気分になれるという。YouTubeにてそのカオスな一面が垣間見えるが、その一方で、ボサノバやAORを基調とした聴かせる楽曲を発表するなど音楽的守備範囲は広い。サンバマシーンズにしか出来ないhappyでchicな新サウンドを都の西北の片隅で日夜研究している。
早稲田大学が持っていた隠し兵器、カンタス村田とサンバマシーンズ。ブラジルの風を背中に受け、この暴走はもう誰にも止められない!!
★サンバマ年表★
【第1章~暗中も咲くだろう~】
・2008年5月 カンタス/こはだ(Ba/〜2011/6月)、泥酔のち「カンタス村田とサンバマシーンズ」結成。
→結成当時のコンセプトは
①サンバでファンクって日本でいないからやろう!
②コピーじゃなくてオリジナルでやろう!!
③改めてモテたい!!!の3本柱からなる不純すぎる動機。
メンバー:・カンタス/こはだ/みやち/なつえ/ちゃい
・カツオさん/やくし/やまだまん/いくちゃん/えりかちゃん(5名は〜2008/8月)
・2008年8月 大会に出場、惨敗、解散。(第1章終了)
→曲は「涙のコルコバード」と「さよなら僕の太陽」オーディションに落ちた際の審査員のコメント『何がやりたいのかわからない。』ひどく納得するがどうしようもなく凹む。
【第2章~出会い別れの旅~】
・2008年11月 早稲田のロックラから尾崎(Dr/〜2010/8月)が呼ばれる。ラテアメの後輩、ちぃ(現職:以下「現」)が呼ばれ、4人で早稲田祭にてライブ、惨敗。
・2008年12月 メンバー大幅増強。
新メンバー:菊地(A.S/〜2010/1月)/吉田(Tb/~2010/1月)/上條(T.S/〜2009/5月)/諏訪(Key/〜2008/12月)/のん(現)/おかちゃん(現)/みやち(復活・現)
→ブラスセクションに、カンタスの大学1年生の頃のクラスメイトを、鍵盤には幼馴染みを、パーカッションにはちぃの後輩を、と繋がりだけでメンバーが増えていった。
・2009年2月頃 尾崎がレコーディング出来ることを告白。秘かに自主制作モードになる。じょるじ(Gt/〜2009/10月)が加入。
・2009年4月 自主制作盤1st『Primavera』を発表。

→ジャケット制作をゆかちゃん(当時東京藝大デザイン科/サンバの友達)に頼む。素敵すぎるジャケットになりメンバー一同、感動。
・2009年4月〜 その自主制作盤を片手にライブを多くしまくる日々。
・2009年6月 中原仁さん(音楽プロデューサー)に来日中であったPaula Limaのライブが始まる前にトイレで音源を渡す。→エグゼクティブ命の恩人、中原仁さんとの出会い。
・2009年8月 早くも2枚目の自主制作のレコーディングに取りかかる。この頃からオーディションには通るが、大会本番にはスケジュール的に出られないので辞退ということが続く。
・2009年10月 自主制作盤2nd『Saudade de Verão』を発表。

→ジャケット制作をまたしてもゆかちゃんに頼み、メンバー一同ぐっとくる。浅草サンバカーニバルを終えたグラさん(Per/〜2011/2月)が加入。
・2009年12月 やまだまん(現)が1年半ぶりに復活。あさみ(現)はダンモ研で演奏したシャ乱Qの演奏が良いということで加入。
・2010年1月 初めての2マンライブ@渋谷原宿クロコダイル
→ここで、大学生活が終わったり終わらなかったりするメンバー(なつえ/よしだ/きくち)は卒業。(第2章終了)
【第3章〜棚からフェスティバル〜】
・2010年3月 次のレコーディングの話が出て、とりあえず録音を始める。A.Sが抜けてしまったため、急遽レコーディングより、ゆうか(現)が参加。同時期にカンタスと別の本番で出会った、たじま(現)が加入。
・2010年4月 録音はしてみたものの、ライブに臆病になり、解散寸前。
・2010年7月 FUJI ROCK FESTIAL '10「ROOKIE A GO-GO」のオーディション通過。
→カンタスどっきり通過発表会をするも、浅見は最後まで信じなかった。
・2010年8月 フジロックでは最終日のトリ(27時スタート)にも関わらず、狂喜乱舞の祭りでアンコール炸裂。カンタス、動揺してアンコールに応えられなかった。このライブにてドラム/エンジニアーとして活躍して来た尾崎が卒業。(第3章終了)
【第4章〜3月8日はサンバの日〜】
・2010年9月 葛西で海を見ながらカンタスは次期ドラマーについての相談をべんべんに打ち明けたところ、新ドラマーに救世主べんべん(現)が加入。
・2010年10月 EMIミュージック・ジャパン設立50周年を記念して行われたオーディション「レボリューション・ロック」にて2500バンドの中から20バンドにノミネート
・2010年11月〜 1stアルバムをリリース出来ることが決定!細かい作業に取りかかる。この頃にさや(現)加入。
・2011年2月 国内最強ブラジル系イベント「J-WAVE SAUDE! SAUDADE...CARNAVAL 2011」に出演
→同番組内でもナビゲーターの滝川クリステルさんに曲紹介をされ、なぜか罪悪感を抱く。
・2011年3月8日(=サンバの日) 1stフルアルバム『カンタス村田とサンバマシーンズ』(セルフタイトル)をリリース!CDの全てのデザインを自主制作時から手伝ってもらっていたゆかちゃんに依頼。圧倒的な仕上がりにメンバー爆笑し、その一方でしみじみと喜びを噛み締める。
→発売日当日は朝まで飲み、そのまま渋谷タワレコへご挨拶。
・2011年5月8日 初のワンマンライブ「サンバマがやって来る ヤァ!ヤァ!ヤァ!」( @AOYAMA月見ル君想フ)を開催!完全に満員!!これが満員御礼というヤツか、とひたすら納得する。→CDの曲9曲と新曲9曲による合計2時間越えのライブ!!
・2011年6月 結成当初から中原仁さんをもって「屋台骨」と言わせた、こはだがついに卒業。涙の卒業会見が中目黒の居酒屋「大樽」行われる。(第4章終了)
【第5章〜そして新たに始まった〜】
・2011年7月 公式HPを開設。サンバマはまた始まるのです。
・2011年7月14日 日経新聞に迫力のあるジャケット写真と共に掲載される。
・2011年7月 以前より憧れていた先輩ベーシストけんご(現)にサンバマの次期ベースの話を相談、それと同時に圧倒的なブラジルサウンド回帰を企てていたため、サンバ系パーカッションの増員を決意。サンバマメンバーのお隣さん的存在でもあるもっさん(現)に声をかける。どうしようもなくしっくり来てしまったため、第5章はあっさりスタート!
・2011年8月、サンバマ初の自主企画イベント「飛んで火になるサンバマシーンズ’11」を開催。こちらもびっくりの大盛況になってしまう。共演はコロリダス。
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サンバマさんが絶賛リレー中の公式ブログはこちら!

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